管理大事

 最近、死にたいと思わなくなった。別段変わったことをした訳ではない。強いて言えば、エクセルで健康管理(体重計記録、起床時間、就寝時間、運動時間、精神状態のチェックなど)と家計簿をつけるようになったこと。スマホのアプリで食事と栄養バランスを管理するようになったこと。万歩計のアプリ(何でもアプリだ)で運動カロリー計算するようになったこと。後は、「読書メーター」という読書管理共有サイトも再開した。映画は、Internet Movie Datebase に記録することにした。総じて、自分の生活の、特にプライベートな側面を数値化し、評価し、管理するようになった。

 

www.imdb.com

bookmeter.com

 

 仕事内容について語ることはできないが、大まかに言って、情報管理ということに大変な欠陥を抱えていると思う。全体的なシステムの見直しが求められる。

 

 基本的に、このブログはプライベートなことしか書かない。仕事に関することは、抽象的にしか書けない。

 

 とにかく私は死にたくなくなってきて、やはり、というか、普通に良かった*1 。この言い方が嫌味っぽいならば、敢えて言おう、死にたくなくなる方が、死にたいまま苦しむより、良いに決まっている*2。私は単純になりたいと思う。もっと自由に思ったことを発言したいと思う。死にたいと思うのは辛い。死にたいと思わなくなって本当に良かった。管理の大切さが身に沁みて分かった。高い授業料だった。

 

 つまり、自己管理能力こそが自己肯定感を生み出すということだ。知識や経験を幾ら積もうが、それが管理されていなければ、無力感を生むだけなのだ。管理は大事である。管理という実践思想がとても大切である。

 

 管理即ち、マネジメントが大切である。家計簿、蔵書目録、健康記録、食事管理、運動管理、睡眠管理、そして仕事での管理。私は管理の練習を積みたい。何でも管理できるようになりたい。

 

 管理によって私は己を助けたいと思う。

 

 

 (追記)

 病院を変えてから、随分と良くなった。やはり、双極性障害(非定型鬱病躁転換)と診断を受けてから、自己認識が変わった。そこから色々と好転している気がする。ブログを再開したのも、診察を受けた8月25日以降である。とにかく良かった。はてなブログは感情を整理し、抑制し、行動を管理するためのツールとして利用させていただいている。ありがたい。

 

*1:普通に良い、という言い方は、ある種の逃げである。私は、それ程までに相対主義な思考法に毒されているのだろう。或いは、相対主義という内実をよく知らないにもかかわらず、その反対概念であるはずの「絶対主義」もよく分からず、ただ、何となくそれが今風な考え方である、スタイリッシュでモード的な考え方であるというイメージに支配されているだけだろう。

*2:三木清の言葉を借りれば、「懐疑が方法であることを理解したものであって初めて独断もまた方法であることを理解し得る」のである。私は、懐疑が方法であることを理解している、と思う。私は、懐疑が自己目的化した先の恐ろしさを知っているからである。