個性のある新しい文体を求めて

 『高橋和巳作品集』のエッセイ集1の巻末論文は、中国古典学者の竹内好が担当している。『正体不明の新しさ』と名付けられてたその論文の終わりに、竹内の、当時新進気鋭の作家、評論家、学者であった高橋に対する幾分かの思い、物足りなさを吐露している。

 

横光利一にしろ太宰治にしろ、破壊のために饒舌体の試みをやっている。その上で個性のある新しい文体をつくった。高橋和巳がそうなることを私は期待するが、現状でいえば、一見似ている埴谷雄高の文体を超えるだけにもう一段の精進を望まぬわけにはいかない。(太字引用者)

 

 私は横光利一を読んだことがなく、太宰治を短編で少し読んだだけである。*1それでも、太宰の『駆け込み訴え』や『人間失格』くらいは、中学生の頃に読み、ある種の衝撃を受けたのは覚えている。思い出しても、確かに、あの「破壊的饒舌さ」というのは、一種の快感だった。

 

 破壊的饒舌さを、しかしながら、本当の意味で体験したのは、自分でブログを始めてからだ。私において「破壊的」というのは、自己の自己に対する破壊すなわち自殺乃至自滅である。自己不信、自己喪失、自暴自棄。*2そういった種類の破壊を目論みながら、私は饒舌に自己語りを開始した——————

 

 竹内が期待したような展開になったのか、私は知らない。そもそも高橋和巳を知ったのは、『孤立無援の思想』という名前に惹かれて古書店の100円コーナーに平積みされた、その黒々とした本に出会っただけである。

 

 時間がない。一言言っておきたいが、何を言おうか分からない。私は、破壊的な饒舌さを、そればかりを試した。これ以上自己嫌悪に安住するのは退屈だ。だからこそ、「個性のある新しい文体」を模索するべきかもしれない。そう思った。

 

 これは文体論の話である。

*1:私は、恥ずかしながら、青年期に受験勉強にかまけて、全く教養らしい教養を身につける努力を怠っていた。大学に入学したら、実のところその正体が不明な「教養」なるものを、受験勉強の要領で、つまり、手当たり次第資料を搔き集め、解説本を読みながら問題を解くように読む、というような、乱暴で、独善的で、鼻持ちならないやり方で身につけてやろうとして、案の定、失敗した。私が初めて本に眼を開かれたのは、学歴も職も、一人住まいの家も、車も、心身の健康も、凡そ所有していた「資本」というようなものは、ことごとく失ってしまった後になってからだ。私はもう28歳になろうかという頃だった。

*2:キルケゴールのいうところの、「絶望」なのだろう。それを、私は感傷的に、いつまでも感傷的に浸っていて、ぐじゅぐじゅである。私はこの湿度の高い自己を乾かしたいと願う。教養とは、その為の道具である。中国古典だろうが、アメリが文学だろうが、近代日本文学だろうが、哲学や批評だろうが、その総合だろうが、正直何でもいい。自己の湿度が落ちれば手段は何でも構わない。